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陸上自衛隊習志野駐屯地(千葉県)に置かれている陸自唯一の特殊部隊「特殊作戦群(特戦群)」。公にされている任務はゲリラや特殊部隊による攻撃 への対処だ。隊員は家族にさえ特戦群に所属していることを漏らしてはならない。訓練の内容も秘密のベールに包まれているが、特戦群の元隊員は証言する。
「ある離島を使い、特戦群の隊員が上陸・潜入する側と阻止する側に分かれ、大規模な実動訓練を行ったことがある。海上自衛隊に船も差し出してもらった」
この訓練は特戦群が平成16年3月に発足してから間もない時期に行われた。特戦群の元幹部は「いつ、いかなる任務を命じられても対応できるよう訓練を積んでおくのは当たり前だ」と強調する。
上陸後、自衛官らしくない髪形と服装で変装し地元住民に紛れ、敵地奥深くへと潜入していく訓練。それを積み重ねていく先に見えてくるのが北朝鮮にいる拉致被害者の奪還作戦だ。
「北朝鮮で内乱が起きたとき、自衛隊は拉致被害者を救出できない。法整備が必要ではないか」
今月5日の参院予算委員会でそう質問され、安倍晋三首相は踏み込んだ見解を示した。「部隊を派遣して自国民を救出することは国際法上、『自衛権の行使』として認められる場合があると考えられる」
だが、憲法の制約により自衛権行使のハードルが高い日本の場合、阻害要因がある。北朝鮮の内乱のような事態は「武力攻撃」が発生しているとは認定できず、首相は「自衛権の発動要件に該当するとはいえず、自衛隊の特殊部隊派遣は憲法上難しいといわざるを得ない」と答えた。
「同盟国・米国の協力が極めて重要だ」。拉致被害者の救出を米軍に依存せざるを得ないことも首相は示唆した。不安定さが増す北朝鮮の政情など安全保障環境の変化とそれに対応する自衛隊の能力強化に「法制度が取り残されている」(防衛省幹部)といえる。
1964年の東京オリンピックのメーン会場となった国立霞ケ丘陸上競技場(以下、国立競技場)が今月いっぱいで56年の歴史に幕を下ろし、7月か ら解体工事が始まる。国際デザインコンクールで選ばれた建築家、ザハ・ハディド氏の案に基づいて新国立競技場が明治神宮外苑の同じ場所に建設される。
しか し、現行計画に対しては、建築家など有識者から批判の声がやまない。
創建から100年を迎える神宮外苑の歴史・文化と、どのように調和していくかが問われ ている。
「目前に迫った国立競技場の解体工事を中止してほしい」-今月12日、建築家の伊東豊雄氏による国立競技場の改修案を発表したシ ンポジウムで、思想家の中沢新一氏はそう訴えた。
すでに秩父宮ラグビー場前には日本スポーツ振興センター(JSC)の仮設事務所の建設が進むなど解体工事 に向けた準備は着々と進んでいるが、新国立競技場の計画見直しを求める声があるのも事実だ。
「きょうもダメなら、昨日のうちに発表してもらいたかった」と家人が怒りまくっていた。18日に予定されていたポール・マッカートニーの国立競技 場公演。やっとの思いでチケットを入手し、指折り数えて待っていた。開場は夕方でも日差しが強いからと熱中症対策も十分に出かけていったが、17日に続き 中止となった。
理由は「ウイルス性炎症」で、病気なら仕方ない。しかし、ポールも71歳の高齢で、ひと晩休んだところで3時間に及ぶス テージは初めから無理だったのではないか。開場時間が遅れ人波の中で1時間近く待たされ、スマホを見ていた若い女性の「やっぱりきょうも中止よ」の声でわ かったという。
主なファン層が中高年だけにおとなしく帰ったそうだが、前代未聞のできごとだけに金銭面など後始末も大変だろう。21日の 日本武道館、24日の大阪公演は予定通りなら不公平感は大きい。振り替え公演をやるにしても収容力で国立に見合うのは東京ドームぐらいで、野球シーズンが 終わるまでは無理かもしれない。
「それはないだろう、とはこのこと」と苦笑したのは陸上関係者だ。毎年、この時期国立で開いていた関東学 生陸上(インカレ)の前半を今年はやむなく16~17日に埼玉・熊谷に移して行った。「うちの学生は朝5時に合宿所を出て全競技を終え帰ったのは夜11時 すぎ。2日間とも中止になるくらいなら、インカレをやらせてもらいたかった」。
最後の国立に立てなかった、若いアスリートの悔しさを再燃させた公演中止。「千田夏光という作家に父が慰安婦制度の考案者のように嘘を書かれ、大変な目に遭った。平成3年ごろから、私の診察室にまで内外からいろんな人が押しかけ『民族のうらみをはらす』とか『謝れ』などといわれ罪人扱いされました」
こう振り返るのは福岡市在住の産婦人科医、天児都(あまこ・くに)(79)だ。天児によると、千田の著書『従軍慰安婦』には、戦時勤労動員制度の女子挺身(ていしん)隊と慰安婦を同一視するなど63カ所に及ぶ問題記述があるという。
天児の父でやはり産婦人科医だった麻生徹男は戦時中、陸軍軍医少尉として中国各地を転々とした。昭和13年1月に上海で慰安婦約100人の検診をした経験から、14年6月に「花柳病(性病)の積極的予防法」という論文をまとめ上官に提出した。
麻生はこの中で、検診では「(朝鮮)半島人の内、花柳病の疑いある者は極めて少数なりし」と記し、その理由として日本人慰安婦より若年者が多かったことを挙げている。ただ、軍の命令で行った検診結果の一例を書いただけだが、千田はそれを論理を飛躍させてこうこじつけた。
「レポートの結果として軍の目は当然のようにそこへ向けられていく。それは同時に、朝鮮人女性の怖るべき恐怖のはじまりでもあった。朝鮮半島が若くて健康、つまり理想的慰安婦の草刈場として、認識されていくことになるのだった」
千田は別のページにも同様の記述をし、麻生の論文が朝鮮人強制連行のきっかけのように書いているが、同書にはこれに関する実証的な裏付けも何もない。匿名 の元経理将校が関連がありそうに証言をしている部分はあるが、この将校が語っているのは13年のエピソードであり、麻生の論文と時期が合わない。
むしろ麻生は論文で「娼楼にあらざる軍用娯楽所の設立も希望す」「これに代わるものとして、より高尚なる娯楽施設を必要とす。音楽、活動写真、図書あるいは運動が良い」と提言しているのである。
「千田は自分の都合のいいところだけ拾い読みし、初めから結論ありきで書いている。完全にフィクション(創作)だ」
こう憤った天児が千田に抗議し、訂正を申し入れたところ、平成8年4月にこんな謝罪の手紙が届いた「朝鮮人女性の比率が高くなったのは麻生論文のためではないということで、ご指摘の通り論文を発表されたのが年のかわってからであったことも明確です。私の記述が誤解をまねき、ご迷惑をかけているとすれば罪は私にあります」
ところが、作者自身がこれほど明確に著書の根幹部分での間違いを認めたにもかかわらず、結局、それらの部分を訂正した改訂版は出版されず、『従軍慰安婦』の誤った記述が改められることはなかった。